オランビアのイメージとしての裸婦像

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私は子供の時から裸婦像が大嫌いです。
だって、体がブヨブヨしていて、おばさん体型なんですもの。
もう少し、妖精のような体型が好きです。
抱きしめると手の中で身体が溶けるような女性が理想です。
だからと言って私があちこちの女性を抱きしめて、その条件をみたす
肉体を捜しているわけではありません。私がその条件を満たしておりますので。
失礼しました。


私の好きな【三つの都の物語】のヒロイン オランビアのイメージ
tiziano のウルビーノのヴィーナス

完成後、あらゆる時代において、裸婦像を描く上での基準作となったティツィアーノの代表作『ウルビーノのヴィーナス』。ヴィーナスは結婚の守護神だったそうです。

なんとなく新妻を連想させるような若々しい表情。
結構ダンナに愛されているような自信を感じます。
下半身がどうもぼってれとしすぎているのですが、胸は出産前の女性のものような気がします。
右手には、愛のシンボル 赤い薔薇。足元の子犬は、忠誠の象徴だそうですので、
貞淑な そして、夫を愛する妻なのでしょう。
結婚のシンボルとして花嫁のブーケに添えるミルテの鉢が窓にあります。
奥の二人の女性はどう見ても、長櫃から服を出しているか しまっているかのどちらかでしょう。

実際、この女性が誰であろうと諸説を並べるつもりはありませんが、
この絵を見るたびに、私はオランビアを思い出します.
一応架空のヒロインですが、ヴェネツィアで、ティツィアーノに自分の裸を
肖像画として描いてもらった設定になっています。

コルティジャーナですから、こんなに若いとは思わないほうが良いのでしょぅが、
そこは、無視して、きっとこんな女性だったと思い込むことにしています。

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この記事へのコメント

2006年12月06日 07:16
おはようございます。

お言葉に甘えて今日もお邪魔させていただきました。
私の場合「オランピア」と言われて連想したのは、月並みかも知れませんが、エドァール・マネの「オランピア」でした。さまざまな暗喩にみちたその絵が「草の上の昼食」同様、スキャンダラスで不道徳な作品であると非難されたあの作品。
「草の上」で横たわる裸婦と同じく、まっすぐな視線を、見るものに向けてたじろがない彼女たちに、私はむしろ硬質な魅力を感じます。

とはいえ、塩野七生の作品から喚起されるのはやはりテツィアーノであるべきでしたね(笑)
2006年12月06日 10:11
aostaさま

ようこそお運び頂きました。大歓迎です。
たしかに、塩野七生さんのそれほど有名でもない
推理小説を読んでいなければ、この絵とオランビアと
いう名前は結びつなかいと思います。

ただ、私は女性を描いた絵画で服を着ていない作品は
それ自体見てもどうも興味がわきません。
女性の裸体が公衆の面前にさらされることを心の
どこかで醜悪だと思っている節があるようです。

aostaさんの感じる魅力を感じ取る前に、裸だと言うことで
目を閉じてしまうのかもしれないと思いました。
2006年12月12日 13:22
Noodleさんの所からきました。「この絵のモデルは当時この絵を頼んだパトロンの愛人だった」とか聞いてます。要するに愛人の裸の絵をそのまま掛けておくには いかないので 女神という設定にしたという事らしいですよ。イメージダウンになったら御免なさい。
2006年12月12日 17:56
olive様

コメントありがとうございました。
>イメージダウンになったら御免なさい。
私は自分のブログに記事を書く場合、一応、基礎知識として
知らなくてはならないことは調べてから、(その内容に
言及する・しないは別として)書いておりますので、
どうぞ、お気兼ねなく、ご自身の感じることや知っていることを
コメントしてください。

依頼人はウルビーの公という説が有力ですね。
でも、そんなことを考えずに、今はこの絵を見ています。